リフレーミングコラム ~かけない選択をした電話と後悔~

ナースライター ほっしー
ナースライター ほっしー
リフレーミングコラム ~かけない選択をした電話と後悔~

今でもふとした瞬間に、13年前のあの日を思い出します。娘の発熱で仕事を休んだ私は、父と約束していたパウチ交換のことが頭にありながらも「入院したから看護師さんがやってくれるだろう」と自分に言い聞かせ、病院に連絡することなく一日を過ごしました。そして父は翌日、急変して帰らぬ人となったのです。看護師だからできた最後の親孝行「ストーマ交換」の約束だったはずなのに・・・

私の父は膀胱がんでした。初期は膀胱鏡で取っては再発の繰り返し。診断から約7年後、病状が悪化し、回腸導管によるウロストミー増設が必要とICされたのは、私が娘を出産した翌々日でした。娘の出産で入院していた私の病室に、同じ病院内で診察を受けた父がうなだれた姿で私のもとに顔を出したその時の言葉が忘れられません。
「お父さん、お前が孫を生んでくれたから長く生きたいと思うけど、できれば苦しみたくないんだ・・・手術しないとだめかな?」
当時看護師歴12年目の私は、標準治療が一番と考えていました。「手術しなかったら、また違う苦しみが待っている。娘の成長を見届けてほしいし、手術したほうが楽だと思う」そう答えた私に、父は頷きました。

手術後、父は放射線化学療法を約3ヶ月続けました。その間に私は離婚を決意し、幼い娘を連れて退院まもない父のいる実家に出戻り。シングルマザーとして新しい職場を探し、娘との新居に引っ越す時、病み上がりの父に車を出してもらいました。実家と新居は車で5分の距離。いつでも顔を出せるはずなのに、仕事と育児の両立に追われて、なかなか実家に顔を出せませんでした。父の様子が気になって電話をすると「お前は娘との生活のことだけ考えろ」と言って、ウロストミー生活の弱音も、落ちていく体力低下への恐怖なども父は決して言いませんでした。治療の影響で体力が落ちたはずなのに、父はウロストミーの管理を誰にも頼らず、一人でやっていたのです。物品の手配も、パウチ交換も、すべて自分で。

ある朝、父が腹痛を訴えて救急車を呼び、緊急入院しました。入院した翌日は「最近剥がれやすくなった」という父のSOSを受けて、私がパウチ交換にはじめて行く約束をしていた日でした。ところがその日、娘が発熱。私は仕事を休みました。頭では父との約束が浮かんでいるのに「入院したから看護師さんがやってくれるだろう」「娘も熱で連れていけないし」と自分に言い訳をして、父の様子を病院に連絡することなく一日を過ごしたのです。当時、父は携帯をほとんど使わず、連絡するには病棟に電話して言付けを頼むしかありませんでした。「忙しいのに申し訳ない」そんな遠慮が、私の手を止めたのです。その夜、娘を寝かしつけていると母から電話がありました。「お父さんから連絡があって『A子(私)がパウチ交換に来てくれる予定だったけど来ないんだ。どうしたかな?』って」
あぁ、父は待っていたんだ・・・・・・と申し訳なく思い「次回こそはパウチ交換しに行こう」そう決意したのも束の間。翌日、父は急変して帰らぬ人となったのです。


リフレーミングコラム ~かけない選択をした電話と後悔~

「また今度」は叶わない現実

看護師として20年以上のキャリアを積んだ今、あの時を振り返ると見えてくることがあります。手術や放射線化学療法で体力を奪われた中、半年以上誰にも頼らずウロストミーのケアを続けていた父。そんな父が私にパウチ交換を依頼したのは、きっと「残りの時間」を感じていたからではないでしょうか。看護師だからこそできた「パウチ交換」は父への最後の親孝行だったのかもしれません。私は自らその機会を手放してしまいました。そしてその後悔は、ずっと続いています。今だったら、娘の発熱で行けないことを病棟に連絡し「父が私のパウチ交換を待っているかもしれないので、行けないことをお伝えください。」と連絡するでしょう。
きっと父は看護師として、シングルマザーとして奮闘している私を理解してくれていたと思います。一度の約束が果たせなかったからって、それまでの愛情が否定されるわけでもない、とも思います。けれど「連絡一本で、父の不安を取り除けたかもしれない。」あのとき私は「また今度」と自分に言い聞かせてしまった。でも、その“また”は、もう二度と来なかったのです。
亡くなった父のエンゼルケアに立ち会ったとき、病棟の看護師さんが「お孫さんに『じいじ』って呼ばれる日を、すごく楽しみにされていましたよ。」と教えてくれました。その希望も叶えることはできませんでしたが、その言葉が父の未来への想いを今に伝えてくれているようで、涙が止まりませんでした。

ありきたりですが「また今度」が叶わない現実があります。私たち看護師は、患者さんの小さなサインを見逃さないよう心がけていますが、身近な人のサインこそ後回しやまた今度としがちかもしれません。あなたの大事な人との日常を大切にしてください。気になることがあったら、小さな連絡でも構いません。一本の電話が、相手にとって大きな安心につながることがあるのです。父との「また今度」が叶わなかった私だからこそ伝えたい。今この瞬間の関わりを大切にしてほしいと。



リフレーミングコラムとは?

このコラムでは、看護職としてお仕事をしている皆様のなかで、心に残るエピソード、もっと上手く対処したかった悔しい経験、今だからクスッと笑える話を共有し、前向きに昇華したいと考えています。日々積み重なっている思いを同じ職種だからこそ分かち合える「看護」という共通言語でつづり、皆様にとって何かの助けになることを願っています。

~ライタープロフィール~

【ほっしー】ナースLab認定ライター
看護師歴20年以上。国立系大学病院にはじまり、総合病院、民間中小規模病院、訪問看護とさまざまな医療機能の病院などでの勤務歴あり。
現在看護師をしながら、Instagramでの発信活動と、看護師ライターとしても活動中。

看護師による看護師のためのwebメディア「ナースの人生アレンジ」


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