透析看護における最大の課題は患者指導といっても過言ではありません。こだわりや自己流の判断によって指導内容に則した行動ができない、またはしない患者さんに、どのように関わればよいか悩んだ経験のある看護師は少なくありません。そこで、今回はコミュニケーション技法のひとつである「コーチング」を用い、患者さん自身がセルフケア法を自己決定でき、納得感を得られるよう支援していく方法を紹介していきます。
指導という名の「説得と強要」していませんか?
以前、私が管理栄養士のセミナーに参加した際、講師の先生が
「食事療法は侵襲の少ない療法のひとつと言われてきた。しかし、食とはその人の生まれ育った環境に大きく影響し、個別性が強く価値観にも影響している。食事療法とはその人のプライベートに土足で踏み込む行為であることを忘れてはいけない」
…と話され、衝撃を受けた記憶があります。看護師は、目の前の患者さんをなんとかよい状態にしなければといった使命感が強く、本人の個別性や価値観を後回しにし、医療者が考える最善の方法を患者さんのためだと疑わず、押し付けてしまう傾向にあります。そのため指導という名の説得を続け「こうしてください」と行動変容を強要してしまいがちです。
そもそも人間はそれがどれだけ正しいことだとわかっていても、自分のことを理解してくれない、尊重してくれない人からの強要は聞き入れることはできません。まずはその方のこだわりや自己流の意味や意義など、患者さんの価値観・生活史に耳と心を傾けること(傾聴)から始めることが重要です。
コーチングで「納得と自己決定」
コーチングについて簡単にご説明します。
コーチングとは、相手が望む目標を達成できるよう問題解決に向け、自発的に行動できることを促すコミュニケーション技法のことを言います。コーチングの基本は、傾聴・承認・質問の3つの技法を使い、目標達成へ促すことです。
このコーチングと比較してよく紹介されるティーチングですが、ティーチングとは相手が知らない知識やスキルを教えることにより成長を促す技法です。指導の際、行動できない、しない原因が知識不足・スキル不足であれば、ティーチングが有効です。
しかし、私の経験上、透析患者さんは「わかってはいるけどできない」方々がほとんどです。わかっている人に何度も同じ説明をする事は、効果的でないどころか反感を抱かせてしまいます。このようなケースにはコーチングが有効になってきます。ここからはコーチングの基礎、3つの技法についてお話しします。
1)傾聴
傾聴とはただ「聞く」のではなく、字の通り「耳と心を傾けて聴く」という意味です。患者さんの価値観や生活史をはじめ、行動を変えられない事への思い、今一番大切にしている、これだけは譲れない事、今後どのように過ごしていきたいか等、患者さんの思いを耳と心で受けとめます。
傾聴の際は、どんな球がきても受けとめるキャッチャー役に徹してください。決してバッターボックスには立たず、ましてや打ち返したりしないでくださいね。そして笑顔、相槌、繰り返しなどの技法を使い、相手の思いを引きだします。
2)承認
承認とは、相手を認めることです。そして「すごいですね」「素晴らしい」など、認めているということを必ず言葉で伝えてください。
しかし、結果が悪すぎる、何もできていない、こんな場合どうやって承認すればいいのか悩むこともありますよね。そんな時は、結果ではなくプロセスを承認してください。「でも、あの時、頑張っていましたよね」と。また、現在できていることは必ずあるはずです。「通院ができている」「思いを言葉で伝えられている」等、今できていることを伝え、患者さん自身にもできていることを認識してもらいます。
それでも承認できないと思うのであれば「Aさんは、そうやって今まで頑張ってこられたのですね」と、その人が今生きていること、存在自体を承認してください。
3)質問
患者さんの思いを傾聴し、承認することができたら、次は質問です。コーチングの中でも一番難しいのが質問技法です。ここでは3つの質問法を説明します。
①オープン質問
相手が、はい・いいえ等、答えが限定される質問(クローズ質問)ではなく、相手に考えてもらう質問法です。
クローズ質問:
「薬はきちんと飲んでいますか」
「食事療法の重要性はわかりますか」
オープン質問:
「薬について何か気がかりなことはありますか」
「食事療法で一番難しいことは何ですか・絶対譲れないことは何ですか」
②肯定質問
どうして・なぜ等、できなかった要因を聞くような質問(否定質問)ではなく、相手が肯定的な気持ちで考えられる質問法です。
否定質問:
「どうしてできないのですか」
「できなかったことは何ですか」
「苦手なことは何ですか」
肯定質問:
「どうしたらできると思いますか」
「できたことは何ですか」
「得意なこと、大切にしたいことは何ですか」
③未来質問
過去のことを、とがめるような質問(過去質問)ではなく、未来に向けて考える質問法です。
過去質問:
「どうしてそのような事をしたのですか」
「なぜこのような結果になったのですか」
未来質問:
「その対応をとることで今後どんなことが起こると思いますか」
「今後、同じことが起きないためにはどうしたらいいと思いますか」
「どんな状態が理想ですか」
このような質問で、患者さんから答えを引き出せたら、それを具体的な行動につなげるために、さらに質問をし、患者さん自身が目標を設定していきます。
「どのような方法で行いますか」
「何か必要なものはありますか」
「いつごろから始められそうですか」
「いつごろまでにできそうですか」
このように、今後のセルフケア行動を納得した形で患者さん自身に決めてもらいます。
万が一、その答えが、医療者からみてベストな選択でなくても、患者さんが選択した答えを尊重し、達成に向け支援します。もし、うまくいかなかった場合は、また傾聴・承認・質問をくりかえし、患者さんが納得し行動できるよう促します。
まとめ
どれだけ完璧な指導をしたとしても、患者さんが納得せず、行動が変わらなければ無駄なものになってしまい、看護師も疲弊します。今回は、患者さん自身がセルフケア法を自己決定できる支援法のひとつ「コーチング」を紹介しました。
しかし、やったことがない、特に質問技法が難しいと感じる場合は、傾聴・承認だけでも充分です。人は、自分の思いに耳を傾け、認めてくれる存在がいると認識するだけで前向きな気持ちになれます。それから、どうしたいかを一緒に考えればいいのです。看護師であれば傾聴・承認をやった事がある方は多いと思います。まずは、患者さんの思いに耳と心を傾けることから始めてみましょう。
ライタープロフィール
【喜瀬はるみ】
看護師経験34年。透析看護認定看護師。透析患者がその人らしく人生を全うできること、またそれを支える看護師を育成すべく、透析看護に関するセミナー講師活動中。