新しいキャリアを広げよう~看護管理の視点から~

認定看護管理者 石 葵
認定看護管理者 石 葵
新しいキャリアを広げよう~看護管理の視点から~

新年度に向けて、部署異動や昇進、教育担当者への就任など新たな役割を担う方もいるのではないでしょうか。突然上司に呼ばれたものの、「なんで他の人でなくて私なの?」、「仕事はきちんとやってきたけど、まだ管理職には自信がない」といった思いを抱くこともあります。今回は、新たな役割や異動をキャリアの視点で考えていきたいと思います。



辞令

1. 「なんで私が主任なの?」

「春から主任になってね」と言われたときの、私の率直な感想です。それは第一子出産後、職場復帰して半年がたった頃のこと。毎日の仕事と育児に必死で、主任になることは頭の片隅にもありませんでした。それまでリーダーや教育担当など、新たな役割を担うときは、「そろそろリーダーかな」「教育担当を頼まれそう」といった予測がありました。しかし主任の時は、とても驚いたことを覚えています。新たな役割や部署異動は、自ら進んで「やりたい!」ということもあれば、「なんで私が?」と急な出来事に戸惑うこともあります。いずれにしても、このように新たな役割を担うことは、看護師としてのキャリアの「転機」になります。



2.新たな役割はキャリアの転機

職場で生じる人事異動、配置転換、役職変更は、キャリアの上で転機=トランジション(transition)と呼ばれます。ある段階から次の段階へと移り変わる時期のことです。予期していたトランジションもあれば、突然の辞令で予期していなかったトランジションもあります。

新たな役割は、新しい道ではなく今まで歩んできた道の延長線上にあります。自身が歩んだ道を振り返ってみてください。新人看護師のとき、先輩に指導を受けながら患者さんを受け持てるようになったり、思いがけないトラブルに見舞われたりし、それを乗り越え今に至っているのではないでしょうか。新たな役割は、看護の実践者として、指導者として、多職種と協働するものとして、日々積み重ねた経験を自身の強みとし、キャリアを広げていく段階なのです。

役割によっては、仕事のスタイルそのものが変化することもあります。しかし、すべては看護につながっています。日々の業務調整や新人看護師の指導、書類の整理、委員会の業務。一見事務仕事のように見える一つ一つが、看護師がよりよい環境で働けるためであり、看護に専心できるように必要なことなのです。



3. 戸惑いや葛藤との付き合い方

とはいっても、新たな役割や異動では「戸惑い」や「葛藤」がつきまといます。頭では理解できても「なんで私が・・」と混乱したり不安になったり、それが長く続くこともあります。この「戸惑い」や「葛藤」とどのように付き合い乗り越えていくのかを考えてみましょう。

アメリカの心理学者であるウィリアム・ブリッジズは、トランジションを①何かが終わり(終焉)、②戸惑いや葛藤を漂い(ニュートラルゾーン)、③何かが始まる(開始)の3つの段階で説明しています。戸惑いを感じているニュートラルゾーンでは、一人になって考えてみる、これまでどう歩んできたのかを書き出してみる、今の自分の感情をつづってみるといったことが乗り越えるための近道だと言われています。



4. 大切にしてきたこと手放せることを考える

ニュートラルゾーンでは、自分が「大切にしてきたこと」と「手放せること」が何かを考えてみることをおすすめします。例えば、看護実践のなかで「患者さん中心の看護」を大切にしてきたけど、主任になったらそれを実践する場は減ってしまう。しかし、少し実践の場を手放し「患者さん中心の看護」ができるスタッフを育成し、病棟全体で「患者さん中心に看護」することを実現することができます。新たな役割は、本当に自分が大切にしてきたことを今までとは異なる方法で実現していくためのスタートになります。



5. 一人で抱え込まず周りに相談する

看護部に任されている「看護」は、分業され各部署で患者さんに提供されます。各部署では、一人ではなくチームやペアでと複数で看護を提供します。一人でできることには限界があります。新たな役割や新たな部署で自分が困った時には、所属内外の上司や先輩だけでなく、同僚、後輩といった仲間、看護職以外の仲間がいます。実際に手伝ってくれる人、心理的に支えてくれる人、アドバイスをもらえる人を考えてみてください。一人で抱え込まず、慣れるまでわからないことは進んで相談しましょう。



6. 新たな役割をやってみる

新たな役割をやってみる

「思いがけない異動」「やりたいこととは違う役割」など、自分の思いとは異なることもあります。しかし、やりたいことだけにこだわりすぎることや、同じ部署に長期間いることは、専門性を深化する反面、それ以外のキャリアを広げるチャンスが減ってしまう可能性もあります。自ら望んだ異動や役割ではなくても、この偶然をチャンスととらえ「とりあえず、やってみる」。初めてのことに戸惑い、時には挫折や困難に出くわすこともあります。しかし、それを乗り越えることがさらなる経験となり、一緒に困難を乗り越えた仲間との関係が深まり、今まで以上に思考が広がることでしょう。



まとめ

辞令が出たなら上司・先輩とともに、できる範囲で新たな役割をイメージし準備を始めましょう。スタートしたら、周りの人に協力してもらい、その役割に取り組んでみてください。そのうちに新しい人間関係が構築され、自分の役割に順応していくはずです。順応していくなかで、自分の仕事のスタイルや自分らしさが見えてきます。新しい役割はキャリアを広げるチャンスです。自分自身と支えてくれる仲間を信じ、一歩踏み出してみましょう。


引用参考文献
ウィリアム・ブリッジス著, 倉光 修・小林哲郎訳:トランジション-人生の転機を活かすために, 創元社, 2014
勝原裕美子:トランジション理論と人材育成への活用, 看護管理, Vol31, No4, 282-290, 医学書院, 2021
金井壽宏:働くひとのためのキャリア・デザイン, PHP新書, 2002
濱田安岐子:看護師のためのキャリアデザインBOOK【改訂版】, つちや書店, 2022



ライタープロフィール

【石 葵】ナースにこそケアをwith代表
兵庫県神戸市出身。臨床でICU、外科、内科、外来勤務し看護実践、看護教育にたずさわる。大学院博士前期課程に進学し看護管理学を専攻し修了。コロナ禍で疲弊する看護の現場で、ナースにこそケアが必要と考え「ナースにこそケアをwith」を立ち上げる。
看護師、認定看護管理者、心理相談員、認定心理士
URL: https://kobe-with.jp


メルマガ登録

おすすめ記事や最新情報をお届けします。

メルマガ登録

公式LINE

おすすめ記事や最新情報をお届けします。

友だち追加