
突然ですが、みなさんはどのような看護観をお持ちですか?
看護学校の恩師から頂いたある年の年賀状に「笑顔を引き出す看護を」と書かれていました。それ以来「笑顔を引き出す看護」は、そのまま私の看護観になったのです。
今回の記事では、笑顔が印象に残っている方とのエピソードをご紹介します。
笑顔が印象的なその方は50歳前後の女性。全身の筋力が低下する難病で、女性の実母も同じ病気で他界されていたのです。なお誤嚥リスクが高まったのを機に、喉頭気管分離術を受けられていました。ご家族は、ご主人と学生の子ども2人。多感な年頃の娘さんとは、微妙な関係であるとの情報もありました。訪問看護は土日祝日を問わず毎日2回、そのうちの1日が私の担当だったのです。マンションの一室にある彼女の部屋はリビングからは少し離れていたため人の気配が遠く、休日の訪問でもご家族と顔を合わすことはほとんどありませんでした。タンスに囲まれた薄暗い部屋の中心にあるベッド、足元に置かれたTVに常に映し出されていた海外ドラマが今でも思い出されます。
訪問看護の内容は、状態観察と吸引、膀胱留置カテーテルの管理、経管栄養の注入など。訪問当初は、体調を確認するのも一苦労。定型的な問いへの答えは簡単に理解できますが、普段と違う訴えは、なかなか正解にたどり着けません。文字盤や人型イラストを使って答えを探すのですが「えー、わからへん。どうしよう」と内心焦るばかり。そんな私に、彼女は少しもイライラすることなく、ちょっとだけ困ったような表情で付き合って下さいました。2~3年通いましたが、今振り返ると彼女の態度に嫌な思いをしたことがありません。不快な思いをさせてしまった時ですら、仕方がないな~という感じで笑い、つまらない冗談にも大笑いして下さる優しい人でした。
当時彼女は私より10歳ほど年上。病気のこと、家族のこと、いろんな思いがあったと思います。もし自分が彼女と同じ状態だったら、抱えきれない自分の辛さ、特に子ども達への想いを想像するだけで胸が苦しくなるだろう。訪問を終えて帰る間際の淋しそうな表情を見るのが辛くて、後ろ髪を引かれる思いで退室していたのを覚えています。彼女の気持ちがほんの僅かでも軽くなるためにできることはないかと考えたのですが答えは見つからず。彼女にもっと笑ってもらえる方法をいつも探していた気がします。
ある時、彼女が本好きであると知り、文字盤を使って好きな作家を聞き出したことがあったのです。たまたま娘さんにお目にかかる機会があり、彼女が好きな作家の本を数冊自宅から持ってきてもらうことに。その数冊から読みたい本を選んでもらい、訪問終了前の5分間を読書会としました。読書会は私が本のページをめくり、私が音読します。週に一回5分間ですので、1年かけて1冊が終わるペース。一週間前の話の内容を忘れていることもあり、少し戻って読み始めるのでなかなか進みません。途中で突っ込んでみたり、感想を言ってみたり。誰のための読書なのか、時に彼女は喜んでくれているのか不安になりつつも、私の様子を楽しそうに見ている彼女の笑顔に励まされ読み続けました。そして、彼女は3冊目の途中で帰らぬ人となったのです。

「笑顔」の先にあるもの
本を読みながら、彼女が選んだ本は彼女自身がもう一度読みたかったのではなく、私に読ませたかった本だったのではないかと思うようになりました。読み終えた後に感想を聞いてみると、彼女はいつものようにただ笑っていただけ。楽しませてもらったのは私の方だったのかもしれません。一緒に本を読んだことが、彼女にとって楽しい時間になっていたのか、今でも正直自信がないのです。それでも彼女の笑顔は、私にとってはかけがえのない楽しい思い出となり、忘れられない人となりました。
最近になって笑顔には、免疫力アップやストレス軽減、脳の活性化、血行促進などの効果があると科学的に証明されています。笑うことで幸福感をもたらす「エンドルフィン」や、意欲を高める「ドーパミン」といった脳内ホルモンが分泌されます。まさに『笑う門には福来たる』です。ドイツではユーモアの定義が『にもかかわらず笑うこと』とされています。苦しい闘病の中にある彼女の笑顔は、苦難を乗り越えるための力であり、他者を思いやる優しさであったと思います。
看護師として出会う方の多くは、病や障害などで笑いたくても笑えない状況にあります。だからこそ、私は一瞬でも痛みや苦しみから解放されるような「笑い」を引き出せる技を持つ看護師でありたいと思います。そしてそんな私を、彼女の笑顔が今も支えてくれているように感じています。
リフレーミングコラムとは?
このコラムでは、看護職としてお仕事をしている皆様のなかで、心に残るエピソード、もっと上手く対処したかった悔しい経験、今だからクスッと笑える話を共有し、前向きに昇華したいと考えています。日々積み重なっている思いを同じ職種だからこそ分かち合える「看護」という共通言語でつづり、皆様にとって何かの助けになることを願っています。
ライタープロフィール
【あおちゃん】ナースLab認定ライター
座右の銘は「毎日楽しく」。
目指すところは「笑顔を引き出す看護実践」。
紙屋克子氏の、「ナーシングバイオメカニクスに基づく自立のための生活支援技術」と黒岩恭子氏の「黒岩メソッド」を武器に活動中です。
看護師による看護師のためのwebメディア「ナースの人生アレンジ」