
「手を出さないで! 余計にややこしいんだから」
看護師1年目だった私に先輩が言った言葉です。その一言に、私は喉の奥に熱いものをグッと詰まらせ「すみません」と小さな声で答えるのがやっとでした。
20年前、私は看護学校を卒業後、新卒で地方都市の病院に就職しました。3次救急を担い、最先端の医療を提供していて「あそこで働いていたら一人前」と認められる大きな病院です。1年目の私は一般病棟に配属されました。一般病棟とはいえ、呼吸器管理、化学療法、周手術期、ターミナル期の看取りなどが混在する忙しい部署だったのです。
配属された新人は私を含め3人。私以外の2人は物おじせずにはっきりと話す明るい性格なので、先輩にもかわいがられていました。一方、私は引っ込み思案でいわゆるHSP気質。自信がなくていつもオドオドしているので、先輩をイライラさせることもあったのでしょう。
1年目のころは、業務をこなすだけで精一杯の日々。常に心は張り詰めていたことを覚えています。
ある日、私は膀胱の手術後の患者さんを担当することになりました。正常な経過であれば、膀胱留置カテーテルからの尿は薄い血尿程度です。しかしその患者さんは、明らかに術後出血を起こしている血尿でした。私は「これは術後出血かもしれない!」と考え、急いでリーダーの先輩看護師へ報告したのです。すると、先輩看護師からは「で?」という返事。
この一言で、私の頭の中はフリーズしたのです。「で...えっと」何を答えたら正解なのか? バイタルサインを伝えたらいいのか?頭の中をさまざまな考えが巡ります。固まる私の様子を見て先輩看護師は、大きなため息をつくと黙って患者さんのベッドサイドに向かいました。私は小走りで後ろをついて行きます。
「おなかはってる? 痛みはある?」先輩は患者さんのバイタルサインなどを手早く観察して、主治医へ連絡。結果、止血剤の点滴が追加となりました。その後も、私は他の受け持ち患者さんの対応や処置でモタモタして業務が滞るばかり。
そのうち、指示されていた止血剤の薬が届きました。私は、急いでミキシングをしようとアンプルをカットしたところ、手を滑らせて薬剤をこぼしてしまったのです。
ここで、冒頭の先輩との場面に続きます。
新人の頃、このような状況は少なくありませんでした。気にしすぎる性格で自分の発する言葉一つに悩むため、展開の速い職場でテンポ良くレスポンスするのはハードルが高かったのです。
その場で泣くことも恐ろしくて、業務の合間にトイレで泣いたのを覚えています。「看護師に向いていない」「もう辞めたい」と常に考えていました。

気弱で自信がない看護師だからできること
新人看護師が先輩に詰められて、言葉に詰まってしまう──そんな光景は、どこの病棟でも見かけるかもしれません。先輩看護師は私がアセスメントできているかを知りたかったのだと思います。黙りこまずに自分の考えをそのまま伝えれば良かったのでしょう。しかし、わかっているけれど言葉にできない性格だったのです。そんな私の看護師歴も20年を超えましたが、相変わらずハッキリ発言することは苦手です。それでも、少しずつ経験を積んで自分の看護に自信を持てるようになりました。また、このような私の経験が役立つこともあります。展開の速い現場で怖じ気づく後輩の気持ちがよくわかるのです。後輩が泣いて電話をかけてくることもありました。同期の中で一番自信のなかった私が、20年も看護師を続け、後輩の相談に乗るなんて思ってもいませんでした。
今の職場でも、この時期は多くの新人が配属され、毎日精一杯な様子が伝わります。そのような姿を見ると、彼ら彼女らの未来は無限の可能性を秘めているように思えるのです。
リフレーミングコラムとは?
このコラムでは、看護職としてお仕事をしている皆様のなかで、心に残るエピソード、もっと上手く対処したかった悔しい経験、今だからクスッと笑える話を共有し、前向きに昇華したいと考えています。日々積み重なっている思いを同じ職種だからこそ分かち合える「看護」という共通言語でつづり、皆様にとって何かの助けになることを願っています。
ライタープロフィール
【西村ゆり】ナースLab認定ライター
急性期病院の病棟や放射線治療部門、外来検査部門、訪問看護、緩和ケアクリニックを経験。2021年からWebライターとして3冊の電子書籍を出版、Kindleプロデュースも手がける。
X(旧Twitter):https://x.com/lilycon_nurse
看護師による看護師のためのwebメディア「ナースの人生アレンジ」