「病院や施設の外でも看護師として患者さんと関わりたい―」。そんな思いから、4年前に旅行を兼ねた墓参りの付添いボランティアを行いました。そのときの経験がきっかけとなり、今までの看護師のスキルを活かせる場の考え方が大きく変化しました。
看護の力は一人ひとりの人生に大きな価値を与えることができます。今回、旅行支援を通して感じた看護の素晴らしさを体験談とともにご紹介します。
目次
1.看護師による旅行支援とは?
看護師が行う旅行支援とは俗に言う付添いだけではありません。より安心、安全に旅を楽しんでもらうために、企画・準備段階から看護、介護の視点を入れて考えていく全体的な支援です。
保険内で行うことはできず、ボランティアもしくは自費サービスでの利用になります。そのため、介護用ベッドや支柱台などの物品がない旅行期間の中で、日々の介護や医療的ケアをどのように行っていくのかを考え、決定するためのスキルが必要となります。
もちろん旅行中は体調悪化のリスクが考えられるので、事前に診断書等の書類準備や急変時の対応策を具体的に決めておく必要があります。ほかは、一般的な旅行企画と内容はほとんど変わりませんが、日常的な問題(トイレが近い、普通食が食べられない、長時間座っていられない、車椅子を使っている)を当てはめて、「日々行われていることを再現」「新しい能力の獲得(車椅子への移乗能力や長時間の座位時間確保等)」の2軸で準備を進めていきます。
2.病気や障害があっても諦めたくない
「毎年行っていた墓参りに母を行かせてあげたい」と所属先のボランティア団体に、お子さんから依頼がありました。本人を目の前に言いませんでしたが、日に日に体力が低下していく親を見て、今年が最期かもしれないと考えていたようです。
利用者さんは高齢でほぼ寝たきり(リハビリと入浴のとき以外はベッド上)、車椅子移動(乗車時間は20分前後が限界)、食事は胃ろう(嚥下筋力の低下)、トイレはオムツ内排泄(不快感は分かり、訴えることが出来る)の方でした。
お話をすると、現地のことや思い出を頭に浮かべて、楽しそうに語ってくれました。そして「行きたいね」と呟きました。しかし「以前とは身体の状態が違うのに、今まで通りに楽しめるのか?」「周りに迷惑をかけてまで行く必要があるのか?」「体力は持つのか?体調は悪くならないか?」「お医者さんは許可をくれるかな?」というたくさんの不安も同時に出てきていました。このような悩みは私も同じ立場になっていれば必ず考えてしまうことだと思います。旅行支援では精神的な配慮や同行する家族、日常的に関わる支援者への関わりも必要となっています。
3.旅行支援の実際
事前に施設での過ごし方や介助方法の聞き取りを行い、行きたい場所との距離やバリアフリーを加味して宿泊先を決めます。移動手段は飛行機ではなく新幹線+現地の介護タクシー利用に決定しました。(多目的ルームで横になって休息、オムツ交換、経腸栄養可能)また宿泊先での食事は家族と同じものを、ミキサー食でも対応できるか確認しました。旅先の内容に合わせた介護方法も考え、車椅子はフラットのものに変更しました。
4.旅行の課題!「排泄」、「食事」の対応方法とは?
移動時間は約3時間。その間はベッドに横になることは出来ません。オムツ内排泄ではあるものの、不快感を我慢しないといけないという状況は最低限にしたいと考えました。身長が低ければ新幹線の席を横並びで購入して横にすることも可能ではあります。しかし、同行した方の移乗能力も考えると席間では介助が難しく思えました。また移動中の経管栄養を実施する必要もあり、プライバシーへの配慮も必要な状況でした。そこで電車の相談窓口に問い合わせて多目的ルームの利用の許可を得ました。個室も兼ねてそちらを利用させてもらい、オムツ交換や持参のS字フックをカーテンレールにかけて経管栄養を実施しました。
私たちも昼食をいただき、車窓からの景色を皆さんと一緒に楽しみながら過ごしました。通常は病室で行う経管栄養ですが、まったく違うものに感じました。想像してみて下さい。みなさんはどのように感じますか?
その後、無事に到着。親戚の方と合流し、そのまま懐かしい観光地を巡る旅が始まりました。
旅先や親戚の方の前で見せる顔は、私たちが知る表情とは違います。口調も立ち振舞いなど、イキイキした姿を見ることができ心が温かくなりました。私達ができる看護を提供することによって、病気で諦めていた旅行を安全に、そして安心していただくことが何よりもうれしかったです。そして満足していただけることにやりがいを感じました。
5.旅行支援で感じた看護師の魅力
旅行支援に関わらせてもらい感じた魅力は3点あります。
- ① 病院や施設では見えない、その人本来の姿を見ることが出来ます。病院は治療する場であり、施設は療養する場なので、本人の行きたい場所とでは大きな違いがあります。私たち自身もオン・オフではきっと違って見えるはずです。旅行先という自分の思い出が詰まった場所には、その人にしかないエピソードがあります。旅行を通してその人の本当の姿が垣間見ることができます。
- ② 私たちの看護を提供することで、その人の選択肢を広げることができます。
そして旅行という夢を叶えることが出来ました。利用者さんからは「来れて良かった」という笑顔を見ることができ、看護師としてのやりがいや達成感を感じました。 - ③ 旅行という共通の目標を持つことで、家族や友人との関わりや繋がりを取り戻したり、再確認をしたりすることができました。
6.まとめ
積み重ねてきた看護スキルは誰かの夢や希望に寄り添うことができます。
旅行では、難しいかもしれないと思う課題に本人、家族、支援者で向き合い、解決していきます。そしてその過程が新たな絆を生みます。旅行後には「こんなことも出来た。あんなことも出来た」という自信に変化しました。このように新しい価値観でその後の人生を歩んでいける可能性もあります。旅行が良いという訳ではなく、旅はツールとして「その人らしさ」を応援したいという思いで私たちは活動しています。みなさんもまずは患者さんの「したい」に耳を傾けてみて下さい。
しかし患者さんや利用者さんに聞けば「行きたいけど…」という潜在的ニーズはあるものの、「言って良いものか?」「相談はどこにしたら良いのか?」という悩みや不安が多く、当たり前な支援になっていません。そこで私は仲間と一緒に「リスタートトラベル」という団体を立ち上げて相談窓口を作りました。ご興味があればぜひ検索してみて下さい。
~ライタープロフィール~
【野中翔太】ナースLab認定ライター
静岡県出身。1児の父。人情を学びに大学入学と共に関西へ。ジェネラリストを目指して救命センター4年、精神科2年、訪問看護2年を経験中。他にも災害対策チームへの参加や全国訪問看護師ボランテイア団体「キャンナス」にて被災地での医療ボランティア、旅行・結婚式への付添いを行う。その経験から現在は旅行支援事業「リスタートトラベル」の看護師代表を務める。新しい看護師の働き方を求め、現在は場所や時間に捉われないライティングや動画編集に挑戦中。今後も好奇心の赴くまま様々なことにチャレンジしたい!
・旅行支援事業 http://restart-travel.com/