「あ、熱がある……」体温計のピピピッという音。液晶に表示された38.5度という数字を見た瞬間、急に膝の力が抜け、それまで以上に具合が悪くなった気がする。そんな経験はありませんか?
私たちは子どもの頃から「熱=病気=悪いもの」と教えられてきました。しかし、看護の現場にいると、少し違う景色が見えてきます。発熱は悪いものではなく、自分自身を救おうとしている「防衛軍」が動き出したサインです。今回は、知っているようで知らない発熱の正体と、現場で役立つ熱の裏側を見抜く技術についてお話しします。
目次
1.熱は悪者ではなく防衛軍のサイン
まず知っておいてほしいのは、熱が出るのは体が正しく機能している証拠ということです。体の中に細菌やウイルスなどの侵入者が入ってくると、脳にある体温調節センターが「おーい!敵が来たぞ!温度を上げて追い出せ!」と号令を出します。ウイルスや細菌の多くは熱に弱く、逆に私たちの免疫細胞は体温が上がると活性化します。つまり、体はあえて自分の温度を上げて戦っているわけです。
いわば、熱は体の中で火事が起きたことを知らせる火災報知器。火災報知器が鳴っているからといって、火災報知器自体を壊しても火事は消えません。「悪いことではないけれど、だからといって手放しで良いことでもない」。この絶妙な距離感が、発熱との正しい付き合い方です。
2.患者さんに伝えたい、夜間救急の役割と選択

看護の現場にいると、知人や家族から「夜中に熱が出たけれど、今すぐ救急に行くべき?」と相談されることも多いはずです。そんな時、私たち看護師がプロとして伝えたいのが、救急外来の真の役割と、患者さんにとっての「賢い選択」です。
例えば、若くて基礎疾患のない成人なら、水分が摂れて意識がはっきりしている場合、翌朝にかかりつけ医を受診する選択肢があります。結果として、患者さんの負担が少なく済むことが多いのです。
この「賢い選択」の理由は次の3つです。
- 1. 救急外来の役割は「応急処置」:救急外来のミッションは「明日の朝まで命をつなぐこと」。検査体制も日中ほど万全ではなく、処方薬も通常は数日分程度に限られます。結局、数日後にまた近所のクリニックへ行く二度手間になりがちです。
- 2. お財布に厳しい:深夜・休日加算により、通常の診察よりも費用がかかります。
- 3. 安静の優先:経口補水液が飲めて横になっていられる状態なら、自宅で安静に朝を待つ方が回復への近道です。移動の負担をかけて待合室で長時間待つ必要はありません。
ただし!私たち看護師が最も注意深く観察し、患者さんにも周知すべきは、夜中でも直ちに受診が必要な「レッドサイン」です。以下の症状がある場合は、迷わず受診を促しましょう。
- 1. 意識の異常:会話が噛み合わない、ひどくうわ言を言う。
- 2. 首の硬直:首がガチガチで、顎を胸につけようとすると激痛が走る(髄膜炎の疑い)。
- 3. 喉の異常:口が開かない、唾液すら飲み込めない(窒息の危険あり)。
- 4. 背部・腰の痛み:腰のあたりを叩くと響くような痛みがある(腎盂腎炎などの疑い)。
- 5. お腹の激痛:歩くと振動がお腹に響く、特にお腹の右側が痛い(虫垂炎などの疑い)。
また、高齢者の発熱は「別格」です。喉の渇きを感じにくく、あっという間に脱水に陥ります。意識レベルの変化や尿量の減少には、より早期の介入が必要です。
3.【医療者向け】原因不明の熱を探る「探偵の思考法」
ここからは、看護職の皆さんに向けた専門的なお話です。患者さんが発熱した際、私たちは「何が原因か?」を推理する探偵になります。その時に役立つ「魔法の呪文」を整理しましょう。
問診で攻める「STSTAE」
検査データが出る前に、まず生活背景を確認します。
- ● S(Sick Contact):周囲の感染症の人の有無。
- ● T(TB Contact):結核患者との接触歴。
- ● S(Sexual History):性行為歴。不明熱の原因として重要。
- ● T(Travel Contact):渡航歴。海外の輸入感染症をチェック。
- ● A(Animal & Intake):動物との接触、ジビエや生肉の喫食。
- ● E(Environmental Exposure):山、川、池、温泉など。レジオネラ菌等のヒント。
体内の火種を探る「8D + Dental」
どこにも感染源が見当たらない時、この「D」を確認してください。
- ● Drugs:薬剤熱。新しく始まった薬の有無。
- ● Devices:カテーテル、ペースメーカー等の異物関連。
- ● CPPD:偽痛風。高齢者の大きな関節の腫れに注目。※Dで始まりませんが、見落とされやすい重要な熱源。
- ● DVT:深部静脈血栓症。熱源になりうる「足の腫れ」。
- ● Debris:胆泥・胆管炎。
- ● Difficile:偽膜性腸炎。抗菌薬使用後の下痢。
- ● Decubitus:褥瘡。おむつの中、背中をしっかり確認。
- ● Deep abscess:深部膿瘍。外からは見えない膿の溜まり。
- ● Dental:齲歯(虫歯)。歯周病の悪化による全身の熱の可能性。
4.現場で使える「Δ(デルタ)20ルール」
さらに、入院中の患者さんの変化にいち早く気づくための武器が「Δ(デルタ)20ルール」です。
通常、体温が1度上がると、心拍数は10~15回/分程度上昇します。しかし、体温1度の上昇に対して、心拍数が20以上も跳ね上がっている場合、単なる熱による頻脈ではない可能性も。これは、体が強いストレスにさらされている「細菌感染(敗血症の初期など)」を強く疑うサインになります。
ただし、 このルールを使うには注意点があります。それは患者さんの普段の体温・脈拍を知っておくこと。日々のバイタルサインを見ているナースだからこそ気づける「究極の違和感探し」といえるでしょう。
5.最後に:バイタルサインの「嘘」を見抜く
看護の現場で最も恐ろしいのは、熱が出ていない重症者です。
体温は、環境や薬の影響を非常に受けやすいバイタルサイン。特に以下の薬剤を使用している場合は、注意が必要です。
- ● ステロイド含有薬
- ● 消炎鎮痛薬(ロキソニンなど)の常用
これらの薬は炎症を抑える力が強く、体の中で大きな火事が起きていても、体温計には36度台の平穏な数字を表示させることも……。これを「マスク(隠蔽)されている」と呼びます。
「熱がないから大丈夫」と過信せず、顔色や呼吸数を観察し、「Δ20ルール」などを組み合わせ、多角的に患者さんを観察しましょう。それが、私たち看護職という専門職に求められる真の技量です。
おわりに
熱は、体からの懸命なメッセージです。私たち看護職には、「数字の裏にある背景を深掘りする」視点と同時に、患者さんや家族に「慌てすぎず、でも危険なサインは見逃さない」ことを伝える役割もあります。
次に体温計の音を聞いた時、この記事を思い出して少しだけ冷静に、自分や患者さんの体と向き合っていただけたら幸いです。
ライタープロフィール
【髙橋 淳】関東中央病院 看護師長/診療看護師
大型トレーラーの運転手から看護師へ。内科、救急外来、外科で研鑽を積み、東日本大震災の際はNPO法人TMATのメンバーとして仙台、気仙沼、大船渡で活動。その後、大学院に進学し診療看護師の資格を取得。診療看護師として総合診療科、消化器外科、呼吸器外科、在宅で経験を積みながら看護管理も学び、急性期病院での看護副部長、在宅領域で看護部長を経験。2024年1月から現職。
趣味はスキューバダイビング、釣り。特技はどこでも寝られること




